ベスト映画2016(劇場編)

■ 「劇場で映画を観る」というのは贅沢な行為ですよねえ。お金はさておき時間を使いますから。かといって外す事を恐れるべきではないと思います。外してもなお面白いのが劇場で観るという事。劇場はライブなのでございます。
しかし今年は全然行けなかったなあ。

ベスト映画2016(劇場編)

1. サウルの息子
ユダヤ人絶滅収容所の手伝いをさせられるユダヤ人、ゾンダーコマンドを扱った映画。視界のはしのようにぼやけた世界に折り重なる裸の死体。血と糞尿をごしごしこする。死体はさらさらの砂になるまで高温で焼き尽くす。みんなコソコソ小声で話す。誰も何も物語らない。4:3の狭い視界でアウシュビッツに潜入したような気分。なにもかもあっけらかんと事が進む。なんだろう?なんだろう?と思ってるうちに目の前をたくさんの死体が通り過ぎてゆく。あっという間に馴れる。だから映画を観ているうちはショックが来ない。観終わった後、じわじわと罪悪感が押し寄せてくる。映画を観てこういう感覚になるものなのか!という驚き。

2. シン・ゴジラ
とにかく無電の文言のリアルさ、これに尽きる。10式の車長ならなんと言うか、コブラにのったパイロットはなんと言うか。編集のキレかた、テロップワークにしびれて、我が家ではふってわいたような岡本喜八ブームが。

3. FAKE
守さん、森さん、観客、と三層で「嘘」のネスト構造ができあがってる傑作ドキュメンタリー。観てる自分も強制的に当事者になるから、言い訳したり説明したり大変。だから人に話して、人の話を聞きたくなる。カップルも家族も友達もみんなで観てみんなで「嘘」の話で盛り上がればいいんじゃないでしょうか。
ただ大事なのは守さんはぬいぐるみでも二次元キャラでもなく実在する生身の人間って事で、おなじく森監督もそうだということ。ドキュメンタリーっていうのはそういった血まみれの臓物まみれのカルマの深い娯楽だとつくづく感じる。

4. ボーダーライン
今年大ブームのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。映画の3分の2までは「リアル麻薬戦争モノってだけか?」とジリジリする。緊張感演出とロジャー・ディーキンスの映像のクオリティで成り立ってはいるんだが。そこからの一気に呑み込まれていく勢いがすごい。「シカリオ(暗殺者)」という原題が、ああそういうことなのか、と。最後にかけては西部劇のような実に映画的なカタルシス。空撮が怪物の肌を撮っているような感じで気持ちワル素晴らしい。

5. ガールズ&パンツァー劇場版
久しぶりの吉祥寺プラザで鑑賞。
T28駆逐重戦車、カール自走臼砲など悶絶キャストが多数登場。何かと突撃しちゃうチハタン学園がかわいい。TV版と比べ特にマズルフラッシュが劇場クオリティ。


6. ロブスター
セックスをしろという世界。するなという世界。どっちにしろ居心地の悪い男。何も考えず誰かに常に依存して、誰かの言うまま犬を蹴り殺していれば楽に暮らせる。
ユジク阿佐ヶ谷で鑑賞。なんかうちで観てるようなアットホーム感でいい。

7. マネーショート
空売り(ショート)ってのが何なのかまずわかんない。わかんないけど面白い。面白いけど分かればもっと面白いんだろうなあと思うと悔しい。ツェッペリンがブルースの名曲をカバーした「レヴィー・ブレイク」が効果的に使われてる。

後日勉強したら空売りのなんたるかは分かったけど、なんでこんなシステムがあるのかが分からん。ただゲームをしたいだけのルールってこと??


8. レヴェナント
ディカプリオはこれまで通りの名演。これでオスカーあげるなら「ウルフ・オブ」であげろよ!あっちのほうが面白かったぞ!笑ったぞ!と思う。
映画としては概ね好感触だけど「やったるぜ感」が強すぎて疲れる。ディカプリオも生魚に生レバー食べちゃうし。人知の及ばぬ自然との格闘、って映画なのに「何であの状況で川に落ちて何で凍傷にならない?」など腑に落ちない点も。リアルなんだかどうなんだか。

9. この世界の片隅で
良かったですよ。義理姉の慟哭とかやっぱり涙がこぼれそうにはなりました。機銃掃射とか爆撃シーンのリアルさも良かったし。でも全部のカットがちょっとずつ短くて物足りない。カタルシスなシーンなのに、感じ取る前にカットが変わって緊張感が切れちゃう。もったいない。能年ちゃんの吹き替えは最後の最後まで能年ちゃんの顔がちらつくが、キャラ自体が能年ちゃんっぽいので違和感は無い、という不思議な一体感だった。一体になって無い一体感というか。

10. マネーモンスター
ジョディ・フォスター監督作。何作目か分からないけど、いくつか撮ってるんだろうなという肩の力の抜け方と、こういったアクション性が強くてスピード感があってキャラが立たないと面白くないお話を、破綻無くスムーズに見せていくのはかなり難しい事だと思う。名手なんだなあこの人は。知らなかった。ロバート・レッドフォードみたいになるんじゃないか?
攻守の入れ替わりの応酬とか見事だった。それに比べて大オチはどうなんだ、って気になったが、続けてこの先も監督作を観てみたいなあと思った。




《そのほか観た作品》
ミスター・ダイナマイト
オデッセイ
君の名は。
ブリッジ・オブ・スパイ
殿利息でござる
白鯨との戦い
嫌な女
















[ 2016/12/30 17:49 ] 映画 | TB(-) | CM(-)

ベスト映画2016(ソフト編)

■ 今年はバタバタ焦ってのたうち回ってるうちに今日になってしまったのであまり映画を観てない。とはいえそれはそれで、そういう状況でのベストというのも全く価値が無いわけでもないだろう、というわけで。

ベスト映画2016(ソフト編)

1. ヒメアノ〜ル
なんてことない日常のほんの隅っこがひきつってふやけてずれて、裂けたとこから狂ったものがドクドク噴き出てくる。森田の口調がいわゆる「怖がらせる」口調じゃなく、おちょぼ口でボソボソ喋ってる”ああ、確かに虐められていたのかもしれない”と思わせるリアルさに引き込まれる。43分間のアバンのあとにタイトル、というのも映画の世界観をきちんと操作できているのからこれみよがしじゃない、嫌みじゃない、必然性がある。骨がある。

2. プリズナーズ
善悪の彼岸を超えるヒュー・ジャックマン。傍観者でいるしかないジェイク・ギレンホール。怪しく弱いポール・ダノ。
カナダの新鋭、ドゥニ・ヴィルヌーヴのハリウッド進出作。この監督はすごい腕力。
延々と続く冬の雨が雪に変わって事態はどんどん悪くなる。「セブン」を思わせるけどギミック感が無いので重厚。ただタイトルがダサい。

カナダの制作陣はハリウッドのコストを抑える要員として体よく使われてた感もあったが、そのノウハウを吸収しきった今、ハリウッドでは制限がかかって久しい「作家性」が存分に発揮できる表現の場になっている。もうハリウッド映画はいらないよトロントがあれば、って時代が本当にくるかも。

3. ウォーリア
黙して語らぬ明治の男、といった演出。こういった説明を出来るだけはぶく、抑制した演出っていま流行りつつあるのかも。
じっくり盛り上げていくのでファイトシーンのカタルシスが強い。入場曲の無い、勝ち名乗りもガッツポーズも見せずに去る弟。かたや「歓喜の歌」で入場する才能はあるが優しいファイター、兄。ドラマ自体はストレートだが複層的な奥行きがある。

4. レボリューショナリー・ロード
公開当時なんだかぬるそうなメインビジュアルに加えて、タイタニックの二人が再び、みたいな売り方で観る気がしなかった。ロジャー・ディーキンスの撮影が素晴らしいとの事で観たんだが、素晴らしかった。工業化がサラリーマンを生んで、パーツ化された人間がどれだけ誇りを削り取られたのか、という残虐さ。「古き良きアメリカ」といった風景に表裏一体となって血みどろの臓物がじっとりと染み出してくる。

5. ノック・ノック
映画のはじめこそクソ女ばち当たれ、とか思ってるのにラストにかけては「キアヌざまーみろ豚やろーもっと泣け」とか願ってしまうのは演出の見事さか。
キアヌはシェイクスピア好きのインテリで、スタニラフスキーメソッドを修得した演技の秀才なんだけど、なにせバカっぽい。でクソ真面目。だから良い。土に埋めたくなるし、持ってるレコードとか家具とかぶっ壊してしてやりたくなる。
ラストの奥さんのアート作品にかかれた落書きも中2レベルのクソ最低な落書きで素晴らしかった。イーライ・ロス面白いなあ。

6. マジックマイク
疲れたから何も考えないでいいバカな映画を観よう、と思って借りたらとんでもなく高品質な青春映画だった。びっくり。こういうのがいいよねえ映画って。
チャニング・テイタムは「フォックス・キャッチャー」につながる名演。アメリカ人の心の闇である”悲しい筋肉”を見事に体言していた。南部なまりが圧倒的なマシュー・マコノヒーの残虐っぷりも怪演。

7. ルーム
鑑賞するちょっと前に「クリーブランド監禁事件」を観ちゃったせいで、これ以上嫌な気分になりたくねえなあって全然観る気がしない。ブリー・ラーソンの演技ってどんなものなんだろうって事だけをモチベーションに観たけど、案外に良い映画だった。
ディスクのプリントがハンモックで寝ている母子というのにメーカーの良心&自信を感じる。通常だったら暗い部屋に差し込む一条の光と親子の背中のシルエット、とかにする所でしょう。
子役の演技が一番良かったと思ったんだけど、あの異常な状況になるまで自分の感情をコントロールしないといけないわけで、それって児童虐待なんじゃないのかとも思った。

8. ナイトクローラー
こういったピカレスクものが一定以上評価されるわけで、ハリウッドにもまだ気概があるんだなあ、などと。悪い奴が悪いまま、ますます栄えていくっていうのが気分がいいっていのも不思議な話だけど。

9. 複製された男
カナダのドゥニ・ヴィルヌーヴが「アメリカにいったら好き勝手出来なくなるからいまのうちに」って撮った挑戦作。
つまり何を撮りたかったんだ?っていうのを誰かと話したくなる映画。醍醐味ですなあ。


10. フランシス・ハ
「ヤング・アダルト」的な、うまくいかない日常もの。焦燥感と孤独感の映像化が洒脱。面白い。スピード感もあるし。ラストカットのかわいいルーズさ。「相変わらずじゃん!」って感じで観客も仲間になる感じが良い。完成度は「ヤング・アダルト」のほうが上かなと思ったけど。
なんか洒落てんなあと思ったら監督のノア・バームバックはウェス・アンダーソン映画の脚本家だった。





《そのほか観た作品》
イット・フォローズ
スポットライト
VHSテープを巻き戻せ
フォッグ・オブ・ウォー
バニー・レイクは行方不明
ランボー
クリード
ロスト・イン・トランスレーション
沖縄決戦
王将
グッドフェローズ
日本の一番長い日(岡本版)
ガルシアの首
ブラックスワン
ルック・オブ・サイレンス
ゴーイング・クリア
アメリカン・スプレンダー
コングレス未来会議
ドローン・オブ・ウォー
エンド・オブ・ウォッチ
顔のないヒトラーたち
日本の一番長い日(原田版)
チャイルド44
カルテルランド
スーパー・ハイ・ミー
ソーク・オン・ブリーチ
ゴッド・ヘルプ・ガール
アンブロークン
007スペクター
ビースト・オブ・ノーネイション











[ 2016/12/30 17:34 ] 映画 | TB(-) | CM(-)

前前前世のやつのこと

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■ 1920年代からドイツで活躍してた映画評論家で(映画社会学者なんていかめしい肩書きもある)ジークフリート・クラカウアーという記者というか学者がいて、曰く

「映画は時代を映す鏡である」

とのことで、これって今現在でも充分通用する金言だと思うんだけど、同時になんだか目立たないパンチの弱い言葉だなーなんていう風にも思う。

当時はまだ新しいメディアだった映画も今は100年の歴史を経て、様々な時代を象徴するような映画が存在することを知ってる世代からすれば、映画が時代を映してるなんて当たり前でしょ。なんて思ってしまうところもある。

クラカウアー当人がこの言葉を残したのは第二次大戦直後。その著作の中で、1920年代から30年代ドイツの、ヒトラー政権樹立に至るまでのの社会ムードを、映画「カリガリ博士」が持つ不穏感から解説していったわけです。

なるほど、あの映画が持つ神経症的なガチガチの様式美と、崩れたパース、誰も信用できないストーリー。

世界が戦争へとひた走る1920年代の空気を想像することは難しいけど、「カリガリ博士」を観れば一発でその不安を体感することが出来る。

同じ20年代を描いた「華麗なるギャツビー」、こちらはうってかわって第一次大戦のあと大国へとのしあがったアメリカの狂騒と喪失。宮崎駿の「風立ちぬ」も不穏な20年代の雰囲気をアニメで表現した。でもどちらも当然20年代に制作されたわけじゃないし「時代を映した鏡」とはちょっと違う。「時代を映したであろう鏡を現代に持ってくると何が映るんだろう」といった感じか。

日本で20年代の映画というと、牧野省三とか溝口健二とか、後期になると小津安とか、レジェンド監督の名前が並ぶ。衣笠貞之介なんかは実験映画「狂った一頁」「十字路」なんかで不安感に満ち満ちたカリガリ的世界をやっぱり描いている。




■ ところで、
「君の名は。」を観てきたわけです。こないだ。
偉いだろう。

偉いだろうっていうのは、全然興味が無いというか、別にみたい作品ではなかったわけです。ただ興収120億超えとか、アナ雪超えるか、社会現象、なんて言葉を聞くとやはり勉強のために観ておくべきだな、と。

人気がある、流行ってるものを、人気がある、流行ってるっていう理由「だけで」訪れる、観に行くってすごく大事だと思うわけです。

そうは言っても貴重な時間とお金を興味のないものに使うわけですから。勇気がいりますよ。

かわいい女子とイケメン男子の心身が入れ替わって、とか正直どうでもいいし、俺がお前でお前が俺で、でしょ?山中恒でしょ大林でしょ?性器だの乳房だのあるだのないだのどうせやるんだろ?いいよ俺は性器とか乳房があるとかないとかって話は。なんて思うわけで。

内容は別にいいんです。あーそうって、はーそうって、ぼけーとしてる間に終わりますし。あーピン送り綺麗だなーとか、はー電車併走してるとこ笑うわーとか。その程度ですよ。

バイトの女先輩がスカート切られて割とけろっとしてんのとか、大人の女ってことなのか下着が黒とか紫とか、細いタバコに火をつけて「やめてたんだけどね…」なんて呟くとか、要所要所のとってつけたようなセクシャル描写がちょっと気持ち悪かったりもしたけど。

隣のカップルなんですよ、そういった内容より何より気になったのは。僕の隣に座ってた若い男女。「これだ!これこそ君の名は。だ!」と思ったんですよ。

10代後半、高校生か大学生のカップルなんだけど席に着くなり男はスマホでパズドラ。

女はRADWIMPSの曲がかかる度にコショコショ小声でつぶやき歌い出す。それがまた曲とぴったりシンクロしてる。

何回目かの鑑賞?それともアルバムを聞き込んでる?エモーショナルなシーンになると決まって隣から…カスカスッ…カスッ…カスカスッ…と歌を口ずさむ擦過音が聞こえてくる。

本編が終わって、男がまず女の子に声をかけましたよ「っていうか(劇場の室温が)寒くね?」

女が言いましたよ「感動したわー映像きれいで」

まじか、と思いましたよ僕は。後ろで聞いていて。そんな砂漠のようなやりとりでいいのかと。

男は連れられてきただけなんですよ。
で、女はRADWIMPSファン。
綺麗な映像に感動したという女と、室温が寒かった男。本当にこの二人はつきあってんのか?

男がリー・マーヴィンだったら女を平手打ちでしょうし、女がクラウディア・カルディナーレだったら男につばを吐きかけてるでしょう。

でもこの二人は仲良く会話するんです。手、つなぎながら出て行きましたから。ほんで帰りの電車でまたパズドラするんでしょう。

これ一体なんだろうと思ったんですが、すごく防御しながらつき合ってるんだなーと感じたですよね。相手の領域に踏み込まないというか。良いとか悪いとかではなく、現象というか、状況としてそうなんだ、と。

傷つかないように、傷つけないように。二人の間に幾重にも緩衝材を挟んで。優しいってことなんだとも思います。

「君の名は。」に出てくる二人もすごく防御してる二人ってことなんだと思うんです。時空を飛ばしていくつものクッションを経ないとコミュニケーション出来ない。

裏を返せばそのくらいクッションがないとこのご時世コミュニケーションなんてやってられん、ってことだと思うんです。




■ 「崖の上のポニョ」公開の時だったか、キャッチの一つの文句に「神経症の時代に」というのがあって(あった気がする)、これはかなりピンポイントで当ててきたな、と当時思った記憶があります。

少し前にクリント・イーストウッドが「ドナルド・トランプの言ってくることはクソだが、ポリティカル・コレクトを言う以外許されない今の現状を考えると応援したくなる気持ちもある」なんてことを言って炎上してました。

最近は「独裁政治」ではなく「強権政治」っていう言葉が出てきました。トランプもそうだし、プーチンとか、トルコのエルドランとか、フィリピンの大統領もそうですよね。この現象も神経症の時代ならではのように思えます。

引き絞った弓の弦の上にいるような感じなのか。ギリギリッと弾け飛びそうな緊張感と不安感を強いられてるような気がします。

そんな時に時間とお金を使ってどんな映画を観たいのか?

自由を夢見たバイカー2人がアメリカ南部の閉鎖的な人間にぶっ殺される話じゃないでしょう。でけえ鎖を振り回すアーネスト・ボーグナインと、きったねえ汗くさい服着た乞食のリー・マーヴィンが血みどろでぶん殴り合う話でもないでしょう。

前前前世で私/俺たち、入れ替わってる!?でしょう。俺の体使って勝手にホンニャラ先輩と仲良くしてんじゃねーよーくらいのもんでしょう。

そんなわけで「君の名は。」
こいつはちょっとどうかしてる一大神経症映画だぜ!
などと思いました、という話でした。









[ 2016/10/09 22:31 ] 映画 | TB(-) | CM(-)