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俺の裡〈うち〉で鳴り止まない詩

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「くくく!!」
― 弁当屋「おいかわ」店主 及川/第5巻「乗客はどちらに?」より




青森で駅弁の店を経営する「菊池屋」。
しかしホームの向かいに出来た新たな弁当屋「おいかわ」のせいで店はすっかり閑古鳥。一日5個もさばけない日があるという。
「店をたたむ潮時かと思いましてね」そうもらす菊池屋の旦那を前に、父・味吉隆男の代から菊池と馴染みの陽一は、助太刀を申し出る。

「父さんの思い出の駅弁を復活させてみるんだ!」

かくして青森駅弁対決、陽一率いる「菊池屋」vs「おいかわ」の火蓋が落とされる。





IS(イスラム国)は首を切るから悪なのか。間違っているのか。
ではアメリカがRQ-1で裁判にもかけてない人間を殺戮するのは正義なのか。善なる行為なのか。

善と悪を分けたのは何なのか。三つ揃いのスーツは善で、トーブシュマーグはテロリストなのか。

「おいかわ」の店長は笑う。くくく。
ライトは顔の下からあたり、意地悪そうに眉と口角は歪む。
それは悪人として必要な記号。

では「おいかわ」の店長はどんな悪事を働いたのか?
朝早く起きて旅行客のためにたくさんの弁当を仕込み、自信作が出来た。トンカツ、鮭の照り焼き、香の物、ごはん、すべてにおいて隙は無し、工夫を凝らし試行錯誤を繰り返した挙げ句ようやく完成した自慢の弁当、とっておきのご馳走。きっとまた評判になるぞ、お客さんの笑顔が沢山見られる、思わずこぼれた会心の笑み、「くくく」。

ではその間「菊池屋」の親父は何をやっていた?
今までどおりの味を継承していた?ひたすら無思考に、日々の反省、研鑽無く?
客の心が離れていったのは何より本人が分かっていた事だろう。
ではなぜそれを放っておいた?
悪化する事態を目にしながら、工夫のひとつも考えなかったのは誰だ?
そのスキマに新進気鋭のアイディアマン、及川が入り込んだのは悪か?
誰がそのことを責められる?

既得権益を否定する笑い。
秩序を維持するためだけの、形骸化した規範への嘲笑。
「人のための法」から「法のための人」へ変わってしまう悲しさを笑う。

そこに及川の笑い、「くくく」はある。
善とはなにか、悪とはなにか。
そこに答えは無く、ただあるのは"善悪の彼岸"を超える笑い。挑戦者の笑い。力強い革新者の笑い。




しかしすべては味吉陽一の才能のもとに駆逐される。

物語の終わり、
客の全ては「菊池屋」の弁当を買い占め、「おいかわ」の店の前に客はゼロ。
"ガラーン"というオノマトペだけが吹きすさぶ。

「菊池屋」は勝った。きっとそうなのだろう。
しかしそれは味吉陽一という飛び道具が勝利しただけの話。
しばしの時間を経れば菊池の旦那はまた同じ道を歩むだろう。
工夫の無い、陽一の味を繰り返すだけの生活。
そこにまた第二、第三の「おいかわ」が入り込んでくるだろう。

アメリカはISにJDAM誘導弾を撃ち込む。ISはもしかして滅びるのかもしれない。
しかしそれはアメリカのギミックが勝っているだけなのだ。
アメリカのイデオロギーが勝利したわけではない。









[ 2014/11/01 15:44 ] 味っ子 | TB(-) | CM(-)
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