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君たちは複合転輪をどう作ったのだ

■ 「風立ちぬ」を作り上げた宮崎駿監督は
"これでやっと零戦の呪いから解放される"とコメントしており、
この"呪い"っていうのは一体なんのことなのかと考える。

「零戦は美しい飛行機だった」
「零戦は沢山の人を殺した」
「海軍の無茶な性能要求がなければ、もっと美しい飛行機になった」
「そうなればもっと人を殺した」

とか?
あるいは

「堀越二郎という天才エンジニアが作り出した最高に美しい機体だ」
「美しさにうっとりするのは、劣等感や罪悪感から顔を背けて逃げるための薄甘いナルシシズムだ」

など?

ともあれ、
兵器が持ってる根本的な二律背反を学ぶため、
日本人は物心つくかのほんの幼子の頃から、タミヤのプラモ教育を受けるのだという。

tenrin.jpg

思慮深いのかそれとも無思考なのか、日本人の眼にある独特の表情を特徴して挙げる欧米人は多い。
これは日本人が、小さな頃からタミヤ製旧独軍6号戦車の複合転輪を作ってきたからである。

あれは面倒くさい。本当に面倒くさい。
ティーガーの60t近い巨体を支えるための天才的発明だったとはいえ、まだ年端もいかない子供に左右合わせて16(2つの車輪が組み合わさって1つになっているので実質32)の転輪作りはあまりに過酷。

「転輪を車体色で塗った上に、なぜフチを細く黒く塗らねばならぬのか。マスキングするにも数が多すぎる」そんな風に泣く子供も多い。あの黒は硬化ゴムの黒だ。東部戦線でロシアの凍った泥や雪がへばりついて、多くの戦車をスタックさせた悪名高きゴムだ。当時は最前部外側の転輪を外して、スタックを防いだこともあるという。しかし東部戦線設定で作ったとて、苦行の転輪は実質30残ってるのだ。
地獄である。
何万人もの子供が涙を流し、暗い眼の大人になっていった。

そして、大人になって気づくのだ。
複合転輪の奥側はキャタピラをつけてしまえば外からは見えない。
いちいち細かく色を塗る必要などなかったのだ、と。

model02.jpg

ともあれ、
現用戦車の転輪の数はグッと少ない。もちろん複合転輪でもない。
デザインも直線が多くてすっきりしてるし、補給整備が整った環境での戦いがほとんどなため、サビや汚れといった演出も最小限で済む。
転輪へのトラウマから道を閉ざしたモデラーたちの復帰への足がかりといえよう。



■ 小さな頃、モデルガンで遊ぶ自分に対し「でもそれは人殺しの道具なんだよ」と母親が言った事を良く覚えている。
この言葉に対する明確な答えがいまだに無い。

かっこいいと思っているのだ。デザインが。重量感が。金属音が。
そしてその原型たる本物たちは女子供も含めて何百人何千人もの人を殺しているのだ。











[ 2015/03/20 14:58 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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