名作の予告篇でなく「予告篇の名作」なのだ

■ ベイ氏の「トランスフォーマー」あたりからだと思うんだけど、映像と効果音と音楽の3要素でオーケストラ的に予告篇をつなぐ方法が流行り始め、最近ではアクション映画以外のジャンルでもこの"オーケストラ編集"の予告はずいぶん増えたなーと思う。



音楽と映像がシンクロすると観てる方は強く快感を感じるもので、確かにこの方法の編集はプロモーションとして効果的だなと思う反面、マイナスもある。音楽のテンポに合わせて画を切ることも必要になってくるので、結果的に画が死ぬことがある。映像のワンカットの中にあるテンポ、人の動きや表情、カメラワークなどは必ずしも音楽と一緒ではないので、無理に合わせて切ると当然殺してしまう事になる。

逆に「画にテンポがない」、「画が強くない」作品に無理矢理(っていう言い方もなんだが)テンポをつけるためにオーケストラ編集をすることもある。このあたりは予告篇制作者の手練手管ってもんがある。

で、「神々のたそがれ」予告篇だ。

−予告篇の名作−
「神々のたそがれ」



尺が2分でこの予告映像、なんと20カットしかない。驚異的に少ない。
音楽らしい音楽もついていない。セリフすらろくに入らない。
なのにこの不穏感、良い事が何一つ起こらなそうな張りつめた雰囲気、しかも怠惰にだらけきった、且つ崖っぷちに立たされているようなムードはどうでしょう。

これが映像のテンポだなあと思います。映像のテンポに忠実につないだ予告篇だなあと。

ほとんどがカット編集(フェードなどのエフェクトを使わないカットinカットout編集)なのも素晴らしいです。
「フェードは腰抜けだ」ってほどカット編主義者ではないけど、画の美しさがカット際でこそ引き立つ事もよく理解しています。

僕の編集の師匠は(勝手に僕がそう思ってるだけですが)、「ゆきゆきて神軍」の鍋島淳さん。そして丹治睦夫さんの手がけた「殺しの烙印」です。どちらも「バツッ!」と切ったカット尻とカット頭の切り口が超高級なカンパチ刺しみたいにビシビシ立ってる傑作です。まーやっぱり男だったらカット編でつなぎたいですよね。

映画本編を「小説」とすると、予告篇は5・7・5の「俳句」のような世界なんだけど、
だからこそ一語一語、ワンカットワンカットの「画の強さ」は凝縮されます。

この凝縮された感じを味わえるのは予告篇だけなんですよね。

だからこそ予告篇「だけ」の名作ってものがあるんだなあと思うわけです。











[ 2017/04/23 18:12 ] 予告篇の名作 | TB(-) | CM(-)